「つまずきの石」が埋められるとき
こんにちは、ベルリン滞在中のみきです。
先日、区役所である案内を見つけました。見出しは「つまずきの石敷設」、「○○時、○○氏の石を○○通り○○番地に埋めるので、ご興味のある方はぜひ直接現地においでください。」とのこと。
ドイツやヨーロッパの各地を歩くとよく目にする「つまずきの石」。10cm四方の真鍮のプレートに、名前、生まれた場所、亡くなった年と場所などが刻まれています。これはホロコーストの記憶の取り組みの一つで、その人物が収容所に移送される前に最後に住んでいた家の前に埋め込まれています。1993年、ベルリン出身のドイツ人芸術家、グンター・デムニヒが発案、実現したプロジェクトで、現在その数は7万個(2018年10月時点)にのぼります。
ということで、実際に行ってみることに。現場レポートです!
〈朝9:00 フッガー通り31番地〉
集合場所に着くと、もうすでに敷設作業は始まっていました。10人くらいの人が集まり輪を作り、一人の男性が黙々と作業するのを見つめています。後ろから覗き込んでみると、それはグンター・デムニヒ氏ご本人でした。コン、コン、コン、と石を叩いて埋める音が響きます。この時は、関係者(おそらく親族)の方が、ここに彫られた名前の方の息子さんからのお手紙を朗読していました。
目の前のアパートから出入りするときに立ち寄って見ていく住人も。作業が完了すると、集まっていた人たちによって石の周りに花が添えられました。デムニヒ氏は関係者の方と握手をすると、すばやく車に乗り込み、次の敷設場所へ向かいます。
▲「ヤコブ・シャットナー、ベラル・シャットナー。メシュリム・シャットナー 。1938年に「ポーランド作戦」によってポーランドへ、1939年にベルギー、フランス、スイスへ逃げる」(※「つまずきの石」には生存者のものもあります。)
〈9:20 マルティン・ルター通り45番地〉
デムニヒ氏の次の作業場所を追いかけて徒歩で向かうも、間に合わず…(泣)ここはあきらめてその次の場所に先回りだ!
〈9:40 ヴェスタープ通り3番地〉
電車に待たされ結局集合時間ギリギリに。着いた頃には、また作業はもうすでに始まっていました…
アパートから出てきた子どもたちも興味津々に覗き込みます。石を埋める作業自体は10分程度で終わります。本当にあっという間!この場所では、朗読はありませんでしたが、先ほどよりも多くの人が集まっていました。作業が終わると、デムニヒ氏はまた素早く車に乗って去っていきました。早い。とにかく早い。
▲「ナタン・グレッツ、エリサベツ・グレッツ。1942年11月20日テレジンに移送され、1943年5月8日に殺される」
この日の新聞によると、デムニヒ氏がベルリンに滞在したこの3日間で、新たに61個の「つまずきの石」が埋められたそうです。ヨーロッパ各地を旅すると、特に首都などの大きな街では本当によくこの「つまづきの石」を見つけるので、わたしはてっきり、たくさんのボランティアが手分けして埋めているものだと思っていました。しかし、これらはすべて本当にデムニヒ氏ご本人の手で埋められていたのだということに驚き!そこには、ホロコーストで流れ作業的に一度に大量に人々が犠牲となったことをふまえ、あえて一つひとつを一人の人間が手作業で埋めているという理由がありました。
「つまずきの石」の合い言葉は、「一つの石に、一つの名前、一人の人間。」
まさにこれを体現している活動なのだなと感心しました。
ベルリンにある12区の役所ではそれぞれが、市民グループと協力して「つまずきの石」プロジェクトに関わっています。ホロコースト犠牲者とその親族の調査、親族とのやりとり、石に埋める文章の提案、石の保護や募金の受付などを行っています。私が役所で石敷設の案内を見つけることができたのも、このおかげだったんですね。一人の建築家が発案した小さな活動が、一つのプロジェクトになり、基金が設立され、公的な役所がそれを支え、そこに市民が参加する。なんだか理想的な社会のあり方を見せられているような気がします。
さてさて、デムニヒ氏はベルリンを去った後、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクと、欧州各地を飛び回っています。「つまずきの石」は希望する個々人の申請によって行われていますが、その予約は今年の11月まで埋まっているとのこと。もっともっと石の数は増えていくんですね。
一方、昨年はドイツ各地で「つまずきの石」が極右・ネオナチらによって掘り起こされるという悲しい事件も起こっています。それでも、事件を受けて復旧のための予算を大幅に越える募金が市民から寄せられたというのもニュースになりました。
一つの石には、一人の名前、一人の人間、そしてそこに関わるたくさんの人の想いも一緒に埋められているんですね。
これからヨーロッパに行く予定のある方は、歩き慣れない石畳の道も多いですから、
ぜひ「お足元に気をつけて」。
以上、現場からお伝えしました。
みき
★「つまずきの石」公式ホームページはこちら
★「つまずきの石」ベルリン版ホームページはこちら